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先生のコラム

最近の『素問・霊枢』の勉強会から

内原拓宗

本校では週に1度、昼間部と夜間部の間の時間を利用して、『素問・霊枢』の勉強会を開催しています。古典に造詣の深い、西岡由記先生の指導の下、1年生から3年生まで学年を超えて、鍼灸の原典である『素問・霊枢』に興味のある学生が集まっています。

今までは西岡先生の用意されたレジュメを中心に、講義形式で進んできましたが、「いつまでも受け身ではいけない」という西岡先生のお言葉で、十八番目の論文、「平人気象論」を参加者で分担して発表することになりました。学生だけでなく、参加している教員にも容赦なく担当範囲が割り振られ、私も先日発表を行いました。今回はその時のことを少し書こうと思います。

私が担当したのは平人気象論の中盤から終わりにかけての部分で、脈が示すものと病気の予後の判断に関わる内容を中心としたものでした。
脈が示す特徴が身体の示す陰陽の状態と真逆であったり、その季節で示されるべき脈の特徴とやはり真逆であるとき、病気は治り難い、もしくは悪化することが書かれています。
そして、脈が示すものはむき出しの状態で現れるのではなく、「胃気」で覆われて、コーティングされているのが本来の状態であるが、この「胃気」のコーティングが感じられない脈を「真蔵の脈」とし、非常に予後が悪いと記されています。

この内容は、ほぼ同じ構成で2度記述が繰り返されていたので、「平人気象論」の中でも非常に重要なポイントとなる部分ではないかと感じました。

問題は、私が担当した範囲の最後の部分です。
「真蔵の脈」の話の後には、身体が示す症状と脈の関係についての記述が続いていたのですが、唐突に「三陰三陽」と脈の記述が入ります。「三陰三陽」とは経脈の分類に用いられたり、陰陽の比率の変化を季節の進行や病気の変化に当てはめる概念ですが、太陽、少陽、陽明、太陰、少陰、厥陰の6つを指します。
しかも、この部分の記述では、「太陽、少陽、陽明」の脈についての記述はあるのですが、「太陰、少陰、厥陰」については記述がなく、非常に中途半端です。
私はこの部分については脱簡か錯簡でないか、ということで片付けようとしたのですが、発表を聞いていた西岡先生から待ったがかかりました。
『難経』の七難(7番目の論文)にこの部分と同じ記述が、「三陰三陽」全てそろった状態であるというのです。私は発表中だったにも関わらず、「ええっ」と驚いてしまいましたが、慌てて『難経』を確認すると確かにあります。

西岡先生がこの後をひきついで、『素問・霊枢』と『難経』の関係について解説をして下さいましたが、その解説を聞きながら、古典を読むということは、それを書いた筆者の当時の時代背景や文化を推し量るだけでなく、時間の流れや堆積を考えながら読まなければならないということを強く感じました。

知らなかったことを新たに知ることは大きな喜びです。今後も古典に取り組む中で様々な喜びを得ていきたいと思います。

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