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先生のコラム

サリンジャーがこの世を去った日

内原拓宗

2010年1月27日。私がいつものように解剖学の授業をしていた日に、J・D・サリンジャーが亡くなったということをニュースで知った。サリンジャーといえば、『The Catcher in the Rye(ライ麦畑でつかまえて)』が有名で、世界中で6,000万部も発行されているという。日本でも少し前に、村上春樹が翻訳をした『キャッチャー・イン・ザ・ライ』が話題になったりしたので、サリンジャーという名前を耳にしたことがある人も多いと思う。(読んだことはないが、『BANANA FISH』という漫画が昔あったらしいが、このタイトルはサリンジャーの短編小説『A Perfect Day for Bananafish』から拝借したものだそうだ。)

私がサリンジャーの小説に出会ったのは大学1年のときの英語の授業だった。当時演劇サークルに没頭していた私は舞台の稽古と単位の履修に四苦八苦していたが、幸いその英語の授業の内容は新潮社の文庫本で翻訳が出ていた。それが野崎孝訳の『ナイン・ストーリーズ』だった。
最初は試験対策のために仕方なく読んでいたのだが、サリンジャーの世界観にはまるまでそう時間はかからなかった。10代から20代にかけて誰もが持つであろう「青春の悩み」というやつを私も人並みに持っていて、そんな気分がちょうど作品の世界とマッチしたのだと思う。

『ナイン・ストーリーズ』はその名の通り、9つの短編から構成されているが、その中で最も気に入っているのが「For Esmé with Love and Squalor(エズミに捧ぐ――愛と汚辱のうちに)」という作品だ。「愛」と「汚辱」なんて大げさなタイトルだが、ノルマンディー上陸作戦に参加する主人公が、イギリスのカフェでエズミという女の子と出会う、というだけの話。作品の前半は主人公と少女との出会い、後半は上陸作戦後に精神に変調をきたした主人公のもとに少女から父親の形見の時計が届く、という短い話だ。

20代の自分がこの作品の何処に強く魅かれたのか。
今にして思えば、主人公がエズミという女の子に癒されていく過程に魅かれたのだと思う。つまりは、自分自身が誰かに救われたかったのだろう。幸いにして妻に救済されたおかげでサリンジャーの世界からは少し距離を置くことができたが、それでもこのエズミの物語はずっと心に残っていた。
この短編の何が今も私の心をひきつけるのか。

鍼灸業界に身を置き、教員になってようやく分かったことがある。
それは、人が本当に他人の役に立つというのはどういうことなのか、というテーマをこの作品が見事に表現しているということだ。自分の自己満足でなく、おせっかいでもなく、きちんと人の役にたつということがいかに難しいことか。
鍼灸師としても教員としてもこれからもこのテーマと向かい合っていくしかないということを痛感している。

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