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先生のコラム

黄疸のはなし

内原拓宗

非常にお恥ずかしい話しですが、タイトルの「黄疸」を今まで「オウタン」と読んでいました。先日の授業のときに「オウダン」と読むと指摘を受けて、それはもうびっくり。「」は「やまいだれ」に「」ですから「たん」と読むと思い込んでいた訳です。
(そんな情けない話か・・・と呆れずにもう少しお付き合いください)

ただ、どうも腑に落ちないのでいろいろ調べてみたところいくつか面白いことが分かりました。
まず、「」の字ですが『大漢和辞典』では、読みが「タン」となっており、これは漢音、呉音ともに同じでした。ちなみに集韻という古代中国の発音についての表記もあって、これは自分では読めないので上古音に詳しい先生に読んでもらったところ、同様に「タン」と発音するとのことでした。さらに用語解説の部分で「黄疸」がでていましたが、読みは「ワウダン」と表記されていました。だんだん「?」が増えていきます。
『大漢和辞典』の恐ろしいところは、その漢字の初出や古い文献での引用例が網羅されていることです。「黄疸」の部分を見ると「『素問』平人氣象論第十八」の文字があるではありませんか。(『素問』は鍼灸医学の原典の1つで、2,000年程前に古代中国で成立したといわれています。)「黄疸」という言葉が既に2,000年前から使われていたとは全く知らなかった私は、慌てて『素問』をめくります。するとありました。漢字の海の中に「黄疸」の2文字が。それも2箇所。(時間のある方は是非探してみてください。)

素問

1つは「溺黄赤安臥者黄疸」。もう1つは「目黄者曰黄疸」です。現代で使われている医学用語を、2,000年前に成立した本の中に見つける喜び。東洋医学をやめられなくなる瞬間です。しかも「目黄者曰黄疸」の内容は現代の黄疸そのままです。
疸について、『鍼灸医学大系(1) 黄帝内経素問』(柴崎保三著)では次のように解説されています。

やまいだれと旦との組合せに成る字で、旦を音符とし、坦、単と同系のコトバである。凡そタンというコトバには二つの意義がある。一つは「平らな面」の意味で平坦の坦がそれである。他の一つは「中から外に現れること」である。旦は<説文>に「日の一の上に現れるに従う。一とは地なり。指事」とある如く、赤い太陽が外に現れることであり、但とはもと人間が肌を外に表すこと、袒とは衣がほころびて肌が外に現れることである。そこで疸とは、体内にものがたまり過ぎて外に現れて来る病気を意味するものである。

古代中国の人が黄疸を起こす原因となる「ビリルビン」を知っていたかどうかはわかりませんが、「」の文字には黄疸を引き起こす病理がしっかり込められていることに驚きます。

黄疸ということばが、はるか2,000年前の古代中国にルーツを持つことはわかりましたが、何故現代の日本で「オウダン」と読まれているかはいっこうに解決しません。
しかも「溺黄赤安臥者黄疸」の次の文に「已食如飢者胃疸」とあって、今度は「胃疸」という言葉が出てくるのですが、家本誠一著『黄帝内経 素問訳注』には「イタン」と読みが振ってあります。著者に手紙で質問しようかとも思いましたが、あまりに些細なことなので思いとどまりました。

ここまでくると、「タン」でも「ダン」でもどっちでもいい気がしてきますし、「オウダン」と発音される理由の推測もできます。
日本は中国や朝鮮半島から伝わった文字(漢字)を本来持っていた発音から切り離して、自国の発音で読んできました。(私の名前は「内原」で「ウチハラ」と発音していますが、中国の方が発音すれば「nèi yuán」となります。)
おまけに、レ点や返り点をつけて順番をいじくりまわして読むという離れ業までやってのけています。(I love you を「アイはユーをラブってる」と読むようなものです。)
『素問』が日本に伝わった時期ははっきりしていませんが、少なくとも1,500年以上は私達の祖先は漢字に音を当てはめ、順序を入れ替え、その他様々な工夫をしながら何とか読む、ということを綿々と続けてきた訳です。その中でおそらく「黄疸」は「ワウダン」と読むようになり、「胃疸」は「イタン」と読むようになったのでしょう。ただ困ったことに、明治になるまで中国から伝来した書物はほとんど「漢文」のまま流通しており、読みが明記されていないので根拠を示すことができません。もしご存知の方があれば、「この本にこう書いてある」とご教示いただけるととても嬉しいです。
インターネットで「ワウダン」で検索すると、芥川龍之介の「新緑の庭」という文章が出てきます。大正13年の文章ですが、このころには黄疸を「ワウダン」としていたことが分かります。それが変化して「オウダン」という読みが現代に伝わっているのでしょう。

科学化された現代医学の中に、このような形で古くからの伝統や文化が息づいていることが、東洋医学の立場からすると、なんだかちょっと滑稽な気がしないでもありません。
知らず知らずのうちに、自分が生活する日本という国の文化の影響を受けながら生活していること改めて考えさせられました。

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